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火星人CN700 - 写真提供=レオン自動機株式会社
日本には、知られざる大ヒット商品がたくさんある。その代表格が、国内シェア9割を誇る「包あん機」だ。もともとは和菓子を作るための機械だったが、いまや世界130の国と地域で使われ、豆大福や中華まん、コロッケなど幅広い食品を支えている。なぜ、この国産機械は世界中で選ばれ続けているのか。ライターの佐藤隼秀さんが、製造元のレオン自動機・小林幹央社長に聞いた――。 【写真をみる】世界で大人気、日本生まれの「火星人」(実物・初号機) ■食品の現場を支える「包あん機」 豆大福や中華まん、チーズ入りハンバーグ、コロッケ。 日々、何気なく口にする市販の加工食品を傍目に、「どうやって機械で作っているのか」とふと疑問に思うことがある。 もちろん手作りであれば分かるが、市販で大量に製造されている場合であれば話は別だ。粘性のある生地に、ゴロゴロと具材が入ったあんを、どう均等なサイズに成形しているのか。絶妙な力加減やノウハウがなければ製品を形作れないはずだ。 些細な疑問からリサーチをかけると、国内の加工食品の多くは「レオン自動機」という機械メーカーが生産現場を下支えしていることが分かった。具材を生地で包む機械は「包あん機」と呼ばれ、国内のシェア約9割をレオン自動機が席巻、海外でも130の国と地域に販路を伸ばしている。 業績を見れば、直近2期連続で過去最高益を記録し、経産省が認可した「グローバルニッチトップ企業100選」に選出されている。 誰もが馴染み深い冷凍食品や加工食品で使われているはずなのに意外と知られていない「包あん機」。一体どのようなカラクリなのか、製造元を直撃した。 ■どんな素材でも包む「火星人」 宇都宮にあるレオン自動機の本社には、十数種類にのぼる包あん機が設置してある。見慣れない機械が並ぶなか、最新モデルの製造工程を見せてもらった。 その名は「火星人CN700」。高さ1263mm、奥行き1045mm、幅1375mmの本体の上部には、それぞれ生地とあんを入れる、2つのホッパー(投入口)が備えられている。 技術サービス部のスタッフが、片方にもちもちとした外皮用の生地を、もう片方にあんを投入する。餅生地、野菜、肉入りの具材やあんこ、クリーム……どんな素材も対応可能だ。 機械を作動させると、たちまち生地は機械内部に吸い込まれていき、あらかじめ設定された重量や比率に合わせて成形されていく。外皮材内包材を分けて、異なる速さで送り出すことで、硬さや粘性が異なる素材でも、きれいに成形できるそうだ。 スクリューとポンプで押し出されたあんと生地は、重合ノズル部で内側にあん、それを覆うように外側から外皮に包み込まれていく。つまり「包む」工程が機械で再現されており、「中にあん・外に生地」という2層の構造が自然と出来上がる。 そして、一体となった生地とあんは、あらかじめ設定された重量、比率で1個ずつ包あん成形される。分かりやすく言えば、カメラのシャッターのように徐々に絞り込まれるような構造の部品で一定の大きさに包みながらカットされていく。
■1時間で最大5100個生産可能 ざっと説明すると、なんてことのない作業に思えてしまうかもしれないが、よく考えてみてほしい。 生地が柔らかすぎれば形が崩れ、あんが硬すぎればまとまらない。粘性のある生地であれば機械にこびりつき、ゴロゴロした素材が詰まってしまう懸念もある。手作業で行っていた“包む”という動作が、さまざまな素材に対応しつつ、わずか数秒で正確に繰り返されると考えると画期的な一台と言えよう。細かい技術を挙げればキリがないが、これまでに取得した特許は3200件を超えるというから驚きだ。 そのうえ「火星人CN700」は使い勝手も良い。操作パネルでは100種類の製品データを記憶できるため、「生産個数・外皮材・内包材重量」などの製品情報を入力すれば、「吐出量・ベルトスピード」などの生産データが自動算出される。ボタンひとつでさまざまな製品を形作ることができるのだ。 完成品の大きさやあんと生地の比率も自由自在で設定ひとつで形状を自在に変えられる。 生産能力も、最大で1時間に3600個、2段コンベヤを使用すれば1時間で5100個を作ることができる。 ■国内シェアも9割 「操作性も良く、誰でも使える機械ということ。かつブレが少なくて品質が良い。シンプルですが、この2点を突き詰めていったことが、国内外への普及に大きく広がった要因です。 特に『火星人 CN700』では、あんに肉や野菜のフィリング※、豆大福に使われるエンドウ豆や黒豆など、どんな素材でも傷めずに吐出できるようになった。これにより対応できる製品レパートリーが格段に増えて販路も広がりました」 ※編集部註:料理、パンやお菓子に挟む具材のこと そう語るのは、レオン自動機の小林幹央代表取締役社長だ。技術と使い勝手、この両輪が高い次元で噛み合ったからこそ、国内シェア9割の不動の地位を築いているという。 取得した特許数が示すように、包あん機が現行モデルに至るまでの試行錯誤も長い。
■初号機開発に10年以上を要した ここで簡単に、包あん機誕生までの歴史を辿るため、時計の針を終戦直後まで戻したい。 レオン自動機の創業者・林虎彦は、台湾で終戦を迎えた後、金沢に引き揚げると、1951年に自らの名をつけた菓子店「菓匠虎彦」を開業する。当時は、饅頭を作れば売れる好景気だった一方、包む作業を1日中続けるのは重労働だった。 そこから着手したのが、言わずもがな包あん機の開発だった。当時は、世界中どこにも和菓子を製造する機械はなく、開発期間は5年、10年と長引いていく。 出口の見えない研究に精を出すあまり、本業の菓子店は傾いていき、最終的に「菓匠虎彦」は差し押さえに遭う。その後、一家で栃木県鬼怒川に移り、唯一残った倉庫にて再起を誓う。 憂き目に遭いながらも、背水の陣で研究開発を続けた末、1961年に世界初の包あん機「R-3型」が完成する。しかし同機は、当時としては生産能力が高すぎて、実用化を見送る。 林は研究を重ね、1963年に「自動包あん機 101型」の商品化に成功する。「夢の機械」として呼称され、町場の菓子店などを中心に受注が舞い込み、発売から3カ月で月産10台の受注が270台に拡大した。 同年にはレオン自動機を設立。ちなみに社名の「レオン」は、物質の変形と流動を扱う学問「レオロジー」から来ている。これは、お饅頭生地のような固体でも液体でもない流動性のある粘弾性物質を、科学的に解明して成形方法を編み出したことに準えて名を取った。 ■「和菓子のための機械」からの進化 1966年には初号機の操作性と耐久性を改良した「105型」、1968年以降は和菓子以外のパンや中華まんにも対応した「200型シリーズ」、1980年代半ばにはシャッターのように開閉して成形できるインクラスターという部品を使用することで手粉を使わずに生産できる「N208型」をリリース。 日本人の食生活の多様化に呼応するように、対応できるレパートリーを増やし、包あん機はグッと汎用性の高い“食のインフラ”として重宝されていく。 小林氏は当時を、創業者・林氏のエピソードと引き合いに、こう振り返る。 「機械で製品テストをやるときに、思うように結果が出ないこととは多々あります。一見、それは機械が悪いと思いがちですが、林はテストのやり方が悪いと考えるんですね。まず機械のテストを行う前に、機械や食品の性質を見極めて、それに合ったやり方を模索しなければならないと、現場にも常々伝えていました。 こうした発想は、林自身がゼロから包あん機を作り上げてきたからこそ、肌に染み付いている感覚なのだろうと思います」
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